比較で悩まないために

こんにちは。札幌市中央区にある『カウンセリングこころの羽・札幌中央店』の杉野です。

先日、電車に乗っていると、車窓から、北広島にある球場が見えました。
日本ハムファイターズの新たな本拠地となる球場です。
野球観戦が好きで、札幌ドームにも何度も足を運んでいたので、是非、新球場ができたら、足を運ぼうと思いました。

さて、今回は、「比較で悩まないために」というお話です。

比較をする日々

鳥と青

「他人と比べて自分はダメだ」
「あの頃の自分と比べて、今の自分はダメだ」

そんな風に、気づいたら、比較をして、落ち込んでしまう。
そんなことがあるかもしれません。

「親として、子として、こうしなければならない」
「上司として、部下として、こうでなければならない」
「この歳だから、こういう人にならなければならない」

家庭で、職場で、日常で、自分の役割を考え、他と比較して、しっかりできているかどうかをチェックする。

そんな風に、あらゆる場面で、比較というのは、行っているものですよね。

比較で自分を知ろうとしている

つまり、比較することで、自分の状況を知ることができます。
何も比べるものがなければ、今の自分の状態や状況を測ることができないからです。

そのため、比較自体は、自然であり、否定する必要のないことといえます。

一方で、比較を通じて、今の自分の状態や状況を見て、ダメだと判断を下す。
その判断自体、つまり、自己否定により、苦しんでしまっているといえます。

比較で自分を知ることはできますが、その後に、自分を自分で評価判断をする。
その結果に対して、苦しんだりしてしまうもの
といえます。

自分の境遇を楽しむ

真っ白なノート

「今のままではいけない」
「今の状態なのは、自分のせいだ」

そういう形で、今の自分を否定して、その原因を自分に求めて責める。
そうすると、苦しみに苦しみが重なるようなことになります。

一方で、自分の状態を受け入れる。
自分の状況を否定しない。
そうした態度は、前を向いて生きることにつながります。

すなわち、自分の境遇を楽しもうとするところに意識を置くことで、日々を楽に過ごすことにつながります。

たしかに、今の境遇を否定して、がんばるのも良いといえますが、根底に、自分への否定がないかどうかはポイントともいえます。

たとえば、お金があれば、幸せになれる。
そう思って、晴れてお金持ちになったとしても、他人と比較し、別の足りない何かを見つけてきて、また自己否定する。
そうすると、がんばれど、がんばれど、つらい気持ちになるといえます。

たしかに、努力で変えられる部分もありますが、努力では変わらない部分もあるのが人生です。

そうであれば、その時々の自分の境遇をいかに楽しむか。
そこに焦点を当てる生き方をすることで、自己を否定する必要もなくなります

また、比較をして自分の位置を見極めたとして、それをもって、自己否定の材料にすることも減っていくといえます。

それは、すなわち、心を楽にしていく方向へ向かっていくものといえます。

比較で悩まないために

自分の境遇を楽しむ。
それは、無理矢理、何でも楽しもう、前向きにつなげようというものではありません。

もちろん、つらいと感じるものは、つらい。
苦しいと感じるものは、苦しい。

そういった自分がどう感じているかというのは、大切にする必要はあるといえます。

境遇を楽しむという前に大事なのは、比較したときに、自分にどんな観念があるかを確認することといえます。

「自分は、こうでなければならないのに、できていない」
そんな思いがあるときに、それを前向きに捉え、行動に繋げられる場合は良いですが、単に、自己否定と義務感でいっぱいのときも少なくないのではないでしょうか。

「こうしなければダメだ」
たとえば、そのように強く言われたり、素を出して否定されたときは、
「こうしないといけないのかな、今のままではダメなのかな」
そんな風に、特に明確な根拠もなく、今の自分がダメなものだと強く思ってしまうものです。

そんなとき、
「本当に、そうならなければならないのか。」

自分の出てきた観念に関して、問いかけをしてみて、
「別に、そこまで必要ない」

そう思えたならば、そこは、がんばらなくていいことといえます。
悩まなくていいことといえます。

そんな風に、余計だった観念、信じなくてよかった観念を減らし、今の自分のまま、楽に生きられる心持ちにつなげる

それにより、比較により悩まされることから、比較を単なる自己理解の手段に変え、心を楽に生きることに結びついていくといえます。

最後までお読みいただきありがとうございます!

『カウンセリングこころの羽・札幌中央店』杉野誠