普通の生活が出来なくなっていく~社会不安障害体験記②~

線路を歩く少年

誰にも気づいてもらえない『社会不安障害』

こんにちは。札幌市にある『カウンセリングこころの羽』の岩本です。
前回は私が自分の身体の異変に気付いた時期までご紹介させて頂きました。

今回は人前で『食事』が出来なくなった時のエピソード、その時の症状・気持ち等を書いていこうと思います。

美味しそうなお肉-社会不安障害になると…

食べたい気持ちはあるのに、喉が通っていかない

実習が終わり、国家試験のため、日々勉強漬けの毎日を過ごしていました。

そんな日々の中の癒しは、昼休みに食べる母の手作りお弁当でした。
その日も友人と一緒にお腹がすいたため、昼食をとりました。
一口ご飯を口に入れました。
普段は容易に飲み込めるはずのご飯が全く飲み込むことが出来ず、飲み込むことが怖くなりました。
その瞬間、“喉が詰まって死ぬかもしれない”という不安が強く出現し、何とかお茶を飲み、流し込みました。
その日から私はご飯を食べることが怖くなりました。

特に固形物。大好きなお肉は喉を通らず、大好きな母の手作りお弁当、夕食も飲み物で流し込む日々が続きました。

食事の時間が怖く、味も全く分からない状態でした。お腹は鳴っているのに食べられない、そんな毎日が続きました。

友人からのサポート

家族・友人のサポートがあって…

そんな日々を過ごしていた私は体重が15㎏程痩せてしまい、低血糖で立ち眩みが多く出現するようになりました。
その時の私は人との交流も怖くなり、毎日自宅に引きこもって生活をしていました。

私の症状を母は一番良く知っていたので、自宅では主にそうめん、乾麺を自室で食べていました。

食卓で食べることが出来ないため、毎日一人ぼっちの食事をして、私の中で“食べること”の欲求はなくなっていきました。

母は何とか私に栄養価の高いものを食べさせたいと感じ、日々ゼリーや果物、カロリーメイト等、喉を通りやすいものを買ってきてくれました。

食べることを強要せず、食べれる分だけ食べるように声を掛けてくれたり、気分転換として、買い物や温泉に連れて行ってくれました。

友人は食べれない私を見ても、「食べれるときに食べたらいいよ。」「ゆっくり食べよう。」と私に寄り添ってくれました。

そんなサポートもあり、国家試験に受かったこともあり、ストレスから解放され、一時的に症状は緩和され、卒業旅行に行ったり、温泉に行ったり楽しい日々を過ごしていました。
しかし、社会人になり、その症状が誘発されてしまい、休職を余儀なくされるのです。

(続く…)

心理カウンセラーによる振り返り-分析

今の岩本が振り返ると…

とても辛い日々を過ごしていたな…と書いていて思いました。

中々この症状を気づいてもらえないこともあり、「食欲ないの?」「ダイエットしてるの?」と度々声を掛けられたり、「痩せすぎ。」とクラスの男子に避難されたことも度々ありました。

今思えば、みんな心配してくれたんだと思いますが、当時の私は心にそんな余裕もなく、全てが悪口に聞こえていました。

この時期の私はマズローの欲求段階説では、生理的欲求である“食欲”が全く満たされていませんでした。

そのこともあり、その上の段階である安全の欲求は満たされず、国家試験に落ちて私は就職出来なくなって、財源の確保も出来ないと、いつも不安に思っていました。

“食欲”を満たさなければと思いつつも、方法が見つからず、私の場合は最終的に重度と病院で診断されてしまいました。(異変に気づいてから1年半近く経っていました)

一時的にも乗り越えられたのは、家族・身近に居た友人たちのおかげであると思っています。

まずは本人の気持ちに寄り添い、行動を見守ることが大切だと思います。

時折、本人が間違った方向にいきそうになったら手助けしてあげることが大切です。“気づいてもらえない”“分かってもらえない”と感じる『社会不安障害』。

まずは本人の気持ちに寄り添ってあげることが第一歩であると感じます。

『カウンセリングこころの羽・札幌中央店』岩本望未